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傘をささない年が2年くらい続いた。理由は自転車通勤していたから。雨の日も全然お構いナシ。どこへ行くにも基本自転車、その頃は事務所勤務だったから、びしょ濡れ状態でも後で乾かせばOK。自転車といっても激安で購入したクロスバイク、この頃はマウンテンバイクかBMXが主流で本当はクロスカントリー用の自転車にしたかったのだけれど、金銭的な問題があったのと昔テレビで見た自転車でサッカーをするというのがあって、その自転車のイメージが強烈に残っていたからハンドルが高いやつに乗りたかった。ニューヨークでもクロスバイクらしき半端な自転車に乗っている人も多くて、ちょっと惹かれていたのもある。あまりカッコいいとも言えない水色のクロモリボディにクッションが思いっきり入っているママチャリ風のデカいシートが付いたリジットバイク。ベルも取り付けたから、前に人がいてもこれで安心、スポーツママチャリって感じ。片道6.5キロの道のりを毎日だったので、何種類もの通勤路があって、気分によって選んでいた(桜の季節はこの道順、すごい急な坂を下って爽快感を味わいたい時はこの道順とか)。そして、時には酔っ払って植木に突っ込んだり、時には4,5段ある階段を自転車でジャンプしてみたり(通勤路に何箇所かジャンプするポイントを自分の中で作ってた)と、かなりひどい仕打ちをした結果、部品はほとんど全とっかえの状態。パンクはしょっちゅうだったから、チューブは常にリュックの中、グリップは何度も風化してベトベトになったら交換、ブレーキ、ギア周りも数回リニューアルしBBも金属疲労でへし折れた。ある意味、自分色に染まった愛着ある一台。シートも思いっきり高くし、ハンドルも高いこともあって、身長が高い自分が乗ってたから、なかなかの存在感。ちょっと置いておく分には鍵をかけなくてOK!普通の人には乗れないくらいシートを高くしていたから大丈夫。通称“馬”って呼んでたコレは街では相当早かった。深夜、友達の乗ったタクシーよりも早く、5〜6キロ先の現場に着いたりしてた。とりあえず、当時の格好にも触れておきますが、足元は基本TEVAのスポーツサンダル。これは4月くらいから10月末くらいまでほぼ毎日、そのまま放置すると臭くなるので、毎日洗ってリフレッシュ。冬の時期はNIKEのベイクドって言うモデル(これはオッシュマンズにて、3,000円弱でGET!モチロン全色買い)。当時はマナスタッシュというHEMPブランドのパンツがお気に入りで、そればっかり穿いてた。これは裾がゴムになっているので、自転車に乗る時はギア側の裾をひざ下位まで上げればギアに巻き込まれなくて良かった。上着は基本Tシャツ、この頃も、やはり欧米かぶれというのもあって、ある程度寒くなっても出来るだけTシャツ一丁。耐え難い寒さになったら、アウトドアブランドのフリースかマウンテンパーカを羽織る程度。寒くなっても自転車に乗れば暖かくなるから問題なし。その後、スピードメーターを取り付けて、ここからあそこまで距離はこんだけあった、とか、この坂でこれだけスピードが出たとか、自分なりの遊びを見つけては楽しんでた。しばらくして、引越先が自転車を置けなかったので、手放しちゃったのだけど。

という訳で、それから徒歩中心の生活になった。徒歩の場合、雨が降ったら基本傘をさすわけで、やっぱり便利なビニール傘。上質な傘を持っても、途中で晴れちゃったりすると失くす心配が増えてしまう。お酒の摂取量に比例して失くす確率が高くなるから、お酒が好きな自分にはちょっと不向きだ。そんな中、スゴくいい傘を見つけてしまった。ニューヨークではビニール傘っていうのは無くて、その代わりコウモリ傘(折りたたみ)が主流。街中でも、雨が降ると日本のビニール傘のように色々なところで売っている。だから、大雨なんか降ると、街中コウモリ傘に溢れかえる(ちょっと言い過ぎた、なぜか傘をささない人も結構いる)。自分が見つけたのはコウモリ傘、totes(トーツ)って言うブランドで、ワールドトレードセンター跡地近くにあるセンチュリー21って店でこのブランドの”Light’N Go”ってモデルを購入した。何がスゴイかって言うと、まず傘を留めるベルクロがデカイ! なので、しまうのが非常に楽(これホント便利、これがあるのは、他のブランドで見たこと無い)。あと、ワンタッチで開くのは普通にある傘だけど、閉じるのもワンタッチだから、タクシーに乗るときやお店の前で閉じる時もノンストレス。更に、なぜか持ち手の下にライトがあり、懐中電灯の役目がついているオマケ付き。あまりにも感激してしまったので、次にNYへ行った際もクリップケース付きのtotesを購入。これはライト以外の機能はそのままで、アメリカ人が大好きなクリップ付のケースがあって、使用しない時は腰に装着しておけるという代物。次はBIGTOPって言うモデルを狙ってる(これはかなりデカイ折り畳み傘)。基本的にtotesの大きいベルクロとワンタッチ開閉の機能が付いているモデルは全部(黒のみ)欲しい。こんなにたくさん買ってどうするんだって思うけれど、使い分けしている自分をシュミレーションすると楽しいから。そう言えば、日本でも買えるみたいなので、気になる方はチェックしてみてください。ホント良いから!

そして、自転車に乗っても、雨が降っても使用できるのがコレ(下)、RRLのバンダナです。このバンダナにはCOLOR-FASTって文字と像のマーク(猫か虎みたいなマークもあったな)が入っている。これは色落ちしない技術が当たり前じゃない時代(70年代以前)に色落ちをしないことを表す表記だったと、このあいだ友人に教えて貰った。この情報は自分の中ではずっと謎だった(象のマークは未だに謎だけど)。当時はただただ像のマークを探して良く古着屋を巡ったこともあって、程度の良いのを2枚GETしたのだけど、すぐに2枚とも失くしちゃって、それならばと安いバンダナにシフトチェンジしていった経緯があった。その後、ジェネラルリサーチのバンダナを大量購入し、それを10年近くローテーションしていたけど、久々にバンダナ大量購入を決めたアイテム。こちらもオススメ(MIWで取扱い中)。

最近、引越をして自転車通勤が可能になった。でも、しばらくは自転車に乗らない。おそらく悪質ライダーになってしまう可能性があるから、もう少し年齢を重ねて落ち着いたら乗ろうと思う。最近は色々な自転車をカッコ良く組んでいる人が多い。でも、自分が次に乗る時も安くて飾り気の無いクロスバイクになると思う。盗まれると悲しさ倍増だし、乗り方も雑だから、あと、楽な姿勢の自転車が良いから。<k5>

今シーズンより新たに登場した

[uniform experiment]

詳細は、こちらです!

ぜひcheckしてみて下さい。

一部の写真を掲載しますが、店頭にもたくさん

商品がありますので、ぜひお越し下さい。

SWING TOP BLOUSON ¥58800

S/S POLO SH ¥16800

CARABINER ¥39900

SHIN

前回に続き、ついつい見てしまう写真集を紹介したいと思います。

今回は、HARLEY-DAVIDSON社公認の彫刻家であり、SinnersのメンバーでもあるJeff DeckerのHIPPODROME STUDIOです。細かい所まで再現し、造っています。その時に着てる服とかも格好良いですし雰囲気もあります。

ああいう風に格好良く歳を取れたらいいですね。

よかったら、見てみてください。

(NOB)

子供の頃から、外見も普段の行動も全く文化的要素が無いこともあって、その一方で対極に位置する文化的な匂いにやたら惹かれてしまう自分もいる(文化的といってもかなり幅の広い解釈だけれど)。自分が今までに、文化的なモノをどう向き合い、そして文化人として完成され得なかった現在の状況までを勝手ながら書かせてもらいます。

小学校の頃、朝は草野球の朝練から始まって、学校が終わると塾にも行ってなかったから、暇な友達を見つけては虫取りとか探検と称して人ん家の塀の隙間をスルスルと通り抜け、駄菓子屋や近所のデパートをふらつき、時には隣町の公園に自転車で遠征したりと、毎日の小学生ライフを満喫していた。そんな最中、“ビックリハウス“っていう雑誌にめぐり合った(小学校高学年だったと思う)。この雑誌は今では元祖サブカルチャー雑誌として語り継がれていて、後に文化人と呼ばれる偉大な人々がココから輩出された。面白いと姉が言って購読していたこともあり、背伸びをしたい小学生は姉の読み終わったおこぼれを毎号熟読していた。子供だった自分には意味不明なコーナーもあったけど、結構気に入っていたコーナー(”ビックラゲーション“や”ハジラ“や”面コラ“とか)は子供でもわかる面白い内容だった。それからしばらくして、”音版ビックリハウス“って言うカセットが2巻ほどリリースされると、これが小学生の自分にもビンビン響いてきちゃって、すぐ同級生にこの良さを説いてまわった。さっそくウォークマンを持ってる友達ん家に行って、恐い8コ上の兄貴が小学生タイムには帰宅しないことを確認すると、兄貴のウォークマン(おそらく2代目)を拝借して、このカセットを回し聴きして大笑いしてた。その後、ブームがクラス全体に飛び火、その結果、6年生が卒業するちょっと前に「6年生を送る会」っていうのがあって、クラスの数人を携えこのカセットに入っていた”だって、ホルモンラブ“って歌を合唱した。モチロン先輩の小学6年生は訳が分からなくて、ポカーンとしてたけど。  また、テレビだと土曜日の夜にNHKで“YOU”ってトーク番組があって姉達と一緒に見ていたのを覚えている(夜遅かったから、途中で寝ちゃったりして)。今思うと、大人の世界の憧れと同時に文化的なものに興味が芽生えたのもこの時期かなって思う。

高校に入ると部活に熱中する一方で文化的な興味もおもろ系からスノッブな感じに変化していく。日曜の夜にTBSで村上龍の「Ryu’s Bar気ままにいい夜」という番組があって、これは毎回ゲストが来て大人のトークを展開する番組なんだけど、ホントにこの番組が気に入っていた(たまに村上龍がはにかみながらでウンウン頷いたりしてる感じとか、良いなって)。ゲストが番組の最後にもらうサメの靴下とか本気で欲しかったりして。
文化人達のこうしたトークに憧れも出てきて、この頃くらいから読書をするようになった(それまでは全ページ上半分に挿絵の入った“少年ケニヤ”くらいしか読んだ記憶がないけど)。はじめは村上春樹とかよく読んでいて、“風の歌を聴け”から始まるシリーズ物の雰囲気とか、“ノルウェイの森”で主人公と直子ってコが渋谷辺りから青山通り、四ツ谷、御茶ノ水を抜けて歩く場面がなんとなく印象的で、その頃、自分もこの辺をよくフラフラしてたから、勝手にリンクとかして、好きな場面の一つ。
それ以外だと新潮文庫の海外文学を片っ端から読んだ。手始めは新潮文庫の中でもかなり薄い部類に入るフランツ・カフカの変身から始め、当時、国語が全く苦手な自分にとって、海外文学とは難攻不落の城のように感じていたのだけれど、グレゴール・ザムザは朝起きると毒虫に変わっていた…というヘンテコな内容のコレは一気に読み切り、いったいこの話はなんだったんだ?と思いつつ、研究者には怒られちゃうけど「結構たいしたことないじゃん」と調子に乗った勢いでツルゲーネフ、カミュ、ヘルマン・ヘッセ、トルーマン・カポーティー、トルストイ、ドストエフスキー、フィッツジェラルド、ヘミングウェイなどと読破していった。更に同時期に読んだ村上龍と村上春樹の対談の本には2人とも「海外文学中心に読んでいた」とあって、自身をつけた自分の読書熱はますます加速していった。
自分的文化活動を怠らなかった一方、勉強はそっちのけで、進学校に在学していた自分はあっさりと浪人生の道を進むことになった。浪人時代は赤ん坊の時以来、自由な時間に満ち溢れていて、かなりの時間をケーブルテレビの映画鑑賞に費やした。当時“ぴあシネマクラブ”って言う映画大百科みたいな本が出ていて、映画の論評とともに5段階の評価がつけられているのだけれど、自分もそれになぞって5段階の評価と論評をノートに書き残してた(先日、引越でそのノートが出てきたのだけど、今読むと結構恥ずかしいこと書いてる、数えてみたら一年で500本ちょっと見てた)。
大学に入るとちょっとオシャレぶって、単館上映の映画とかにも行くようになった。映画が始まる前には難しい本とか読んだりして、ちょっとスノッブな感じに酔ってたのか、今思うとキャラが違いすぎて自分で突っ込みたくなる。ユーロスペースやキノ青山、シネマライズとかシネ・スイッチ銀座はよく行ったな。
その後、この業界に入ると夜遊びと飲み中心の生活にシフトがチェンジ。憧れていた文化人的な動きとは、随分かけ離れていってしまった。それでも、自分の中に色々ばブームがあったから(ネイティブアメリカンとかビートジェネレーション、SFや超現実主義モノなど)、とりあえず文化的な動きは継続されていたのだが、既に文化人に対しての憧れって気持ちはどっかに行ってしまった。ホント趣味の世界。

最近は海外ドラマばっかり見ていて、本などはあまり読まなくなっちゃってる。現在では、今まで見たり読んだりしてた物も「えっと・・・アレ、アレ、アレがさ〜」とか「アレなんって言ったっけ?」って状態で、全くこれまでの成果が生かされていない。仕舞いには本の内容とか映画監督や俳優の名前も結構忘れちゃってて、昔に憧れていた文化人的スノッブな会話など、出来るわけも無く、ずいぶん縁遠いところまで来てしまった。それだったら、昔を懐かしむ一方、こうして文章に起こす事で、「今までこんなことしてきたよ」って自画自賛的な気持ちも込め、声を大にして叫びたくなるのだ。

そして写真(上)は再度登場のモスコットのメガネ、このメガネメーカーはトルーマン・カポーティもどうやら愛用していたらしい。そして、ビックリハウスのワンコーナー“ヘンタイよいこ新聞”の単行本。更にMIWで現在取り扱っているパナマハット、これはヘミングウェイが愛用していたと言われている。これらの組合せからも、自分の文化的なモノに対して、どんだけ一貫性が全く無いのかが、見て取れる。
<k5>

新ブランド《FORTY FINE CLOTHING》が入荷してきました!

このブランドは長年ビンテージクロージングに携わってきた、USの代表をつとめる植村氏が、今期より新たに立ち上げたもので、伝統的なワークウェアのディテールを今日のディリーウェアに落とし込んだアイテムに仕上がっています。

絶妙なサイズ感などは、長年培ってきた植村氏のウェアへのこだわりが凝縮されていると思います。
手に取るだけじゃなく、ぜひ実際に着てみることをオススメします!
<MUKKY>

オフの昨日は、千倉へ
太東でもショップの大会がありましたが、今回は回避して、、。
僕はこちらへ

JPSA 第1戦 at 千倉。
日本のトッププロ達のライディングを見ることに。

天候 / 曇
サイズ / 肩セット頭
風 / 北 ヤヤ強 サイドオン

クローズといってもいいくらいの悪いコンディションの中、各選手の奮闘ぶりがとても面白かったです。
優勝は前評判どおり、2年(2006,2007)連続グランドチャンピオンのケコア ウエムラ。

ハワイ出身のケコアは、芸術的なライディングと、抜群の安定感で、貫録勝ち。
ロングボードの最近の流れは、板は薄くて軽く、ショートの技にロングの技をMIXするような、
アグレッシブなマニューバ系が中心。
各選手のライディングも昨年とは変わってきていました。

大会の結果と、今後のスケジュールはこちら

夏のサーフィンにオススメの
"RUGBY"のサーフショーツ、入荷してます。

おはやめに。

そしてこちら、

今週中には届くようです。

(Y)

最近は洋服を買おうと思ったら沢山の情報源の中から選択できる時代になった。自分よりも新しい世代を見ているとみんなそれなりにオシャレで雰囲気もあって、着こなしもブランドの選択も申し分ない。そして色んな良いモノを沢山持ってる。でもなんか物足りなさも感じてしまう。これから書くのは、雑誌とかの情報も少なくって欲しい洋服があっても自分の足で探すか、周りから情報をかき集める。様々な文化やムーブメントも人づてに聞いた情報でこれがイイ、あれがイイと言っていた時代。その中心にはショップと言う存在が結構重要な位置を占めていて、その店員達は情報の発信源であったりファッションの手本でもあった。実際、自分がショップ店員になった時の状況や様々な時代の流れに感じた自分の見解についてを書こうと思う。自分の場合は結構ドタバタだった。

以前いたセレクトショップではファッションホリックな人間が数多くいた。ここでは何処のブランドの何がイケてて、何をどう着こなすべきかをスパルタ状態で徹底的に叩き込まれ、ちょっとでもダサい格好をしていると痛烈に批判された。ダサいという曖昧な言葉はその中に明確なモノを持っている。当時は洋書や海外雑誌、映画や音楽など様々なソースが入り組んだ中で、服選びと背景を理解したコーディネイトにどれだけ遊びを加えるか?という発想が多かったと思う(そこにスキが生じたらダサいってコト)。入りたての頃などは、この合わせはどういう意味か?今日の格好にこの色のタイはおかしいとか、今日のテーマは何だ!などとドレスでもカジュアルでもスキのない、それなりの理由をもった格好を要求された。当時、ショップ店員はカッコいいというステイタスが確立していた時代で、各々がショップ店員としてのプライドを強く持っていたから、ストイックになっていったのも理由の一つ。また、今と違ってジャンルが細分化されていなかったから、半端なハズシはダサく映るし、それぞれが近いジャンルにいるものだから、他人のファッションの良し悪しが露呈し易かった。その一方で、他人のファッションをとやかく言うような環境に疑問もあった。ただ、下の立場でそんなことを考えても所詮負け犬、ならば洋服で文句を言わせない状況を自ら作らねば、そうなった時、また先に何か見えてくるんじゃないかって思った。当時、苦学生ながらも考え抜いた上、妥協した服は絶対に買わないように勤め、ドレスとカジュアルの両極ではあえて周りが認めているものを少しずつだが買い続けた。とにかくイマジネーションを働かせ着こなしには気を配った。夜遊びにもきちんと出席し、どんどん知合いも増え、そうした知り合いからたくさんの刺激をもらった。気付くとまわりの環境は変化していて、居心地のいい状況にはなった。しかし、ここが自分の天井だとも感じた。流行として洋服を捉えてる自分に虚無感をおぼえてしまって、そろそろ別の世界で腰でも落着けようかな、と考えていた…メイド・イン・ワールドに働く以外は…。
当時MIWはとにかく引き出しが多かった(モチロン今もですが)。ブランドの小物からオモチャっぽいものまで、ヨーロッパのデザイナーズモノからアメリカのカジュアルまで渋谷にある5坪の小さい店の中にイイと思えるものは何でも詰まっていて、国内のカジュアルブランドがセレクトショップにあるというのも当時では珍しかった。そこにはファッションからストリートまで色々なモノが混在していた。海外にも行かず、それでもインポートの洋服に翻弄され続けていた当時の自分にとって、実際ヨーロッパやアメリカに行き、海外と同じ温度感を体現しつつもそれは生活の一部として分け、一方で様々なジャンルの友人たちを集め、毎日趣味や遊びや飲みに熱中する姿は本当にシャレていると思った。ここには洋服という枠にとらわれず、その先に新しい何かがあるという可能性を感じた。この業種が自分の天職なのか、先輩が誘ってくれたおかげでMIWに入ることができた。その頃のMIWには本当にたくさんの人が出入りしていて、それぞれがその世界で影響力を持ち、時には発信し、時には先人たちを巻き込み強大化していく。ファッションに関して言えば、今までの感覚とは少し違った楽しみ方がそこにはあった。高価なブランド小物をカジュアルで合わせ、ファッションシーンにもあっさりと進出し、ビンテージ物もレアなアイテムをどんどん紹介して、老舗ブランドのアイテムを何のためらいも無く今までとは全く違った解釈で取り入れ、更には当時することもなかったブランドとの別注も実現して・・・後に裏原宿と呼ばれる巨大な洒落は様々な分野に大きく影響を与える。
当時、MIWはこのムーブメントの渦中にもあり、洋服のコーディネイトやアイテム云々と言うよりは完全にライフスタイルが先頭にあって、そのライフスタイルの証としてスタイリングが確立していた。完全に洋服畑だった自分にとって、DJやスケーター、モデルとかアーティストでもない、会社経営者でもなければフリーのスタイリストやカメラマンでもない、更にハーレーに乗ってなければ、海外に住んでた訳でもない、だからといって流れに乗って皆と同化して、いろんな所に顔出してブームの一員に入ることに興味が湧かなくて、自分の個性を打ち出してぐいぐい入り込む性格でもない、そんなつもりは無かったけど、なんだか流れに逆行している風で孤立感も感じた。「洋服屋気質は時代遅れなのか?」「俺の価値って、いったい何なんだ?」ってそんな感じ。この環境にどっぷりだったから(普通の洋服屋にいたら感じることはなかったのだろうけど、ちょっと特殊だったんだと思う)、洋服との向き合い方をリセットして、自分の本質と向き合う必要を感じてしまった。結果、夏なんかは毎日ロックTに軍パンにビーサン、寒くなるにつれスウェットやネルシャツ、マウンテンパーカーを重ね着し、靴は激安スニーカーで楽チンなモデルを探す(この頃、スニーカーが一番安かった時期じゃないかと思う)、ファッションと無縁のリアルUSAおたくスタイル(これ自分のイメージ:結構こだわりはあったんだけど)。経験に重きを置いたライフスタイルになって読書や音楽に没頭し、見聞を広げる為に海外旅行に行き始めたのもこの時期。とにかく内面の鍛錬に従事した。モチロン誰も共感などしなかったけど・・・いや何人かは面白がってくれたかも。

あれから15年近く経ち、いまでも洋服を売る仕事を続けている。MIWに入ってから、まわりに起こった色々なムーブメントは素直にスゴイと思っている(今も)、それを間近で体感できたこの環境にホント感謝している。その一方で世間に流される事もなく自分のスタイルを守り続けてきた人達との出会いは今の自分を形成する上で大いに自信を持つことができたし、同じ気持ち。また、まわりの環境も一巡してバイヤーからスタイリスト、プロデューサー、プレス、デザイナーとめぐり巡って、再度ショップ店員がフューチャーされる時代に期待したい。だって、洋服を最終的に人々に伝えるのは店員、他が洗練されても、結局ココがないと伝わらない、だから必然! あの頃、自分達が切磋琢磨してきたのと同じようなモチベーションを新しい世代が手にしたらスゴイ面白いことになると思うけど(とにかく情報量が以前と違う)、それを伝えるのは自分達の責務。

そして自分はどうなったかと言うと、それなりに成長もし、肩の力も抜け、自信もついた、けどそれ以外の根本的なモノは特に変わらなかった。自分は洋服を通して楽しむ事が好き、だからそれを伝えたり分かち合える仕事をしている、ただそれだけ。そして自分は自分のままでいいってコト。

もうひとつアップデイトはしても変わってないものがあった。IVYリーグのカレッジアイテムそしてそれを扱うMIW。時は過ぎ世代も広がって、今でも沢山の人が出入りしている。

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先日、赤レンガで行われたJACK JOHNSONのライブに行ってきました。

天気は良くなかったのですが、音楽を聞いていたら晴れの気分になりました。

サーフィンをし、感じたものを音楽で表現する。

Streetから生まれる音楽はカッコイイですね。

洋服も同じだと思います。

自分のスタイルがあり、バックボーンがあっての服選びだと思います。

みなさんも自分のスタイルを貫いて、洋服を着ることを楽しんでください。

(WAKA)

先月25日、恵比寿にある、ストリートのセレクトショップが閉店した。

理由は、定期借家物件の為とのこと、、。

僕はすごく残念で、閉店のこの日の夜「GLIDE」に駆けつけて、みんなでお酒を飲み、語った。

このお店には、僕の尊敬する信吉さん(声も体も大きい 笑)という、大先輩がいた。

信吉さんには、いろんな事をたくさん教わり、影響も受けた。

そしてもう一人、いつも元気ハツラツな山ちゃん。

人情があって、温かい雰囲気の持ち主。

そんな「GLIDE」に感謝したい!

充電期間後、再スタートするとのこと。

詳しくはこちら

今から、とても楽しみにしている。

(ASANO)

暇なときに、ついつい見てしまう写真集を紹介したいと思います。

下2冊がRoad Course第1段と2段 上がRoad Course2008年のカレンダー。役目が終わっても取っておきたい品です。 Jason Jessee・Jeff Decker・Max Schaaf 等々いろんな人達がでていて、乗っているバイク、クルマ格好良いです!!機会があったら見てみてください!

NOB